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未知種の宝庫−メイオベントスの世界

白山 義久(京都大学理学研究科)

 メイオベントスとは,1mmの篩を通過し,32μmの篩に捉えられる底生生物の総称である.このサイズの動物は小型で,肉眼でようやく認識できる程度であるため,1) 研究者の興味を引くことが多くない.2) 研究のためのすべての作業を顕微鏡下で行わねばならないため,大型のマクロベントスよりも時間と労力がはるかに多く必要.3) 過去の研究に,十分な注意を払っていないものがあり,分類学的混乱が多い.などの理由から,自然史的研究が非常に遅れている.

 20世紀以降,動物門として新たに発見記載されたものは,顎口動物(Gnathostomulida),胴甲動物(Lorici-fera),有輪動物(Cycliophora)など,どれもメイオベントスサイズのものばかりである.胴甲動物は1983年,有輪動物は1995年と,最近になっても新しい動物門が記載されている.つい最近(2000)には,微顎類(Micro-gnathozoa)という動物群がグリーンランドから見つかっているが,これもメイオベントスサイズの動物である.これらの新しい高次分類群の動物が発見記載されるたびに,動物界全体の系統について,それまでの考えは大きな変更を迫られてきた.今後も,従来の知見からは想像もつかなかったような分類群が,メイオベントスの中から発見される可能性は十分にある.

 メイオベントスを代表するいくつかの動物門について,少し詳しく見てみよう.メイオベントスのなかで最も優占する動物門は,ほとんどの場合線形動物(線虫類)である.海洋のあらゆる環境に生息し,かつ非常に生息密度が高い.一般に1・あたり100万個体の桁であり,大洋底のもっとも密度の低いところでも,1万個体を下回ることはない.さらに,陸上でも自活性のものが海洋とほぼ同じ生息密度で分布している.その上,線虫類には多数の寄生性の種が含まれる.ほとんどすべての植物,昆虫,脊椎動物に,固有の寄生種がいるといっても過言ではない.このように地球上でもっとも繁栄している線虫類に関して,全地球上での総種数を推定する試みがいろいろとされてきている.ごく単純なものは,すべての昆虫・脊椎動物・植物に寄生種が一種ずついて,自由生活するものがそれと同数いると仮定するもので,もっとも種数の多い昆虫の全種数の推定値は3500万なので,線虫類の総種数の推定値は,7000万となる.その他,最大で1億種を推定する説もある.糸のような単純な形態をしている線虫類に本当にこれだけの多様性があるかは疑問の余地もあるが,現在の既知種数(約15000)と実在する種数との差が非常に大きく,どこで採集しても,ほとんどが未記載種という状態であることは,間違いない.

 他のメイオベントスサイズの動物門でも,ほとんどが未記載種という状態であることには,大差ない.例えば,動吻動物という動物門についてみてみよう.この動物門は世界でおよそ160種程度が知られていて,従来の我が国からの信頼できる記載の記録は一種のみであった.しかし,田辺湾での研究から未記載種3種を含む5属7種が見いだされた.

 このように,メイオベントスではα分類が進んでおらず,多様性を議論する以前の段階にあるといえる.従来の方法で一億種を済々と記載していくのでは,いつまで経ってもらちが明かないのは明らかであり,分類記載の方法そのものについて,ブレークスルーを見いだすための研究をすることが必要である.