<< 日本分類学会連合 HOME | |||
マムシグサは1種か30種か
|
|||
邑田 仁 (東京大学大学院理学系研究科附属植物園) どこまでわかっているか?という問いに対して,8割はわかったというような表現でわかっている部分とわかっていない部分を比べることは困難である.それを明らかにすることがどのように評価されるかは別として,わかっていないことは無限にあるからである.日本の植物がどこまでわかっているかを分類学的に評価する場合,種数を数えることは一つの方法だろう.Franchet & Savatierが1870年代にまとめた日本の植物誌では2743種がリストアップされていたが,最近では5500種以上が認められている.これは日本の分類学者のめざましい活躍の成果といえる.その結果,日本国内では,宝探し的な「新種」,すなわち誰も知らなかった種を発見する機会は少なくなってきた.その意味で種数を問題にする段階は終わりに近づいているといってよいだろう.ただ,マムシグサ(サトイモ科)をただ1種と見るか30種以上に分割するかといった問題はまだいくつもの分類群に残っている. マムシグサの仲間は東アジアの暖帯から温帯にかけて分布しており,日本では南西諸島の大部分を除く全土で見られる.大陸に分布するものは変異が少ないが日本列島では非常に多型であり,多数の種類が記載される一方で,分類が困難なグループとして知られてきた.過去に記載された種類の間で中間形があり識別が困難であることから,Ohashi とMurata(1980)は当時最善の策としてマムシグサArisaema serratumただ1種(ここではマムシグサ群とよぶ)を認め,20種以上をその異名とした.その後,マムシグサ群内で形態的差異の著しい集団についてアロザイム解析を行ったところ,それらの集団間ではほとんど分化が認められないばかりでなく,たとえばヒトツバテンナンショウなどマムシグサ群とは形態的にはっきりと識別できる特徴を持った種の多くもマムシグサ群からの分化がほとんど認められないことが明らかとなった(これらをサテライト群という).このような現状なので,マムシグサ群内の形態群をより詳しく調べて識別点を明らかにすることができれば,それらを別種と認めることは妥当であると考えられる.各地で普通であるマムシグサ群の変異についての観察はとうてい十分ではないので,「マムシグサは1種か30種か」は,その意味でも,まだ決着のついていない問題であるといえる. しかし本質的な問題は,マムシグサ群では形態分化がなぜ進行(先行)し,維持されているのかということである.これらを明らかにするため,集団間や形態群間の隔離機構や集団にはたらく選択といったことを具体的に突き止めていくことが重要であり,そこではじめて「1種か30種か」の根拠が明確になると考えられる.このような課題を抱える分類群は少なくない.さらに,DNAシークエンスの解析手法が進み,ハプロタイプの解析が(経済的な問題はともかく)実用的に行えるようになった.その結果,従来の外部形態や染色体などの情報に加え,遺伝的な構造も直接解析できるようになり,より多面的,立体的に多様性を解析することが可能になった.形態や染色体に変異が少なかったり,変異が複雑で解析の対象にされなかった種からも有効な情報が引き出せる可能性が出てきた,言い換えれば既知の生物が未知の生物になったということでもある.このチャンスを生かしてどんな結論を引き出すかは分類学者の腕の見せ所ではないだろうか.
|
|||