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日本産の双翅類は分類学的にどこまで分かっているか

篠永 哲 (東京医科歯科大学大学院国際環境寄生虫病学分野)

 双翅目昆虫は,世界で約10万種の記録があるとされている.国内では約100科,数千種が知られているが,実際にどのくらい判明しているかは分かっていない.その理由の一つは,鱗翅類や鞘翅類のようにコレクションの対称にならないので,いわゆるアマチュアの採集家がほとんど居ないことである.したがって,研究者の全くいない科も多い.その反面,このグループにはカやアブのような吸血昆虫が多く含まれ,日本脳炎,デング熱,フィラリア,マラリアなどの感染症の媒介種も多いので,医学昆虫学(衛生昆虫学)の分野では,分類,生態学的研究が盛んに行なわれ,カ科のように多くの重要種を含む科では,分類学的にもほとんど完璧に解明されている.

 昆虫類の既知種について知ることの出来る唯一の情報は,平嶋義宏監修,九州大学農学部昆虫学教室・日本野生生物研究センター共同編集の「日本産昆虫総目録」(1989)である.今回の口演に際しては,この出版物に記録されている科について,属(種数)をピックアップして,それぞれの専門分野の研究者22名に,そのグループの現状について,1989年の総目録以降に追加された属・種数,学名の訂正の有無,今後追加されると思われる種数,現状での解明度(%)などについて回答していただいた.ここでは,それに基づいて解説する.

 双翅類は,大別すると「長角亜目(Nematocera)」と「短角亜目(Brachycera)」に分けられる.短角亜目は,さらに「短角群Orthorrhaphous Brachycera)」と「環縫短角群(Cyclorrhaphous Bracycera)」に分類されている.

 長角亜目のうち,最も多くの種が記録されているのはユスリカ科Chironomidaeである.1889年以降,佐々により約300種が記載されている.それを全て受け入れると,日本からは約1000種が記録されていることになる.新属も多く提唱されているが,多くの問題が残されている.南西諸島などの調査が進めば,まだ後に1000種近くが発見されると予想される.判明率は約50%程度と考えられている.カ科Culicidaeは,13属,109種記録されている.これからの新種の発見は難しい.ヌカカ科Ceratopogonidaeは,吸血性のヌカカ属Culicoidesについては,よく解明されていて88種が記録されている.しかし,他の昆虫類に外部寄生する種などについては,徳永(1972)以来研究されていない.ブユ科Simuliidaeも吸血昆虫として知られている.国内からは,4属,63種が記録されている.

 環縫短角群では,ハナアブ科Syrphidaeがかなり解明されている.現在のところ約89属,360種属名の記録があるが,属名の変更,種名の確定などの問題が残されていて,最終的には400種くらいになると予想されている.解明度は95%くらいか.キモグリバエ科Chlorop-idaeは,既知種55属,149種に13種が追加され,この他に5属,9種の未発表のものがある.ミギワバエ科Ephydridaeは,種数はほとんど変わっていないが,新たに7属が追加され,3属がシノニムとされた.今後,50種は追加されると予想され,解明率は約50%である.シマバエ科Lauxaniidaeは,新たに7属が追加され,13属,69種となり,50%くらいが判明している.ハモグリバエ科Agromyzidaeは,20属,216種,約75%が解明されている.ミバエ科Tephritidaeは,追加,削除される属,属名の変更などがあり,40属,101種,90%以上が判明している.ショウジョウバエ科Drosophilidaeの,25属,301種のうち,新たに追加されたのは1属,26種である.南西諸島などでの研究がいまだに十分でなく,約30種の追加が考えられる.80%くらいが判明している.トゲハネバエ科Heleomyzidaeでは,新たに10種の追加があり,8属,30種となった.ハナバエ科Anthomyiidaeは,最近のまとめで29属,217種が知られている.ヒメイエバエ科は,現在のところ2属,46種の記録がある.今後20種以上の発見が予想され,解明率は約70%である.イエバエ科Muscidaeは,現在モノグラフの印刷中で,37属,252種が記録されている.全国的な調査が行なわれれば,さらに多数の新種の発見が予想される.クロバエ科Calliphoridaeは,新しく追加された5属,8種を含む27属,62種が記録されている.解明率は約95%である.ニクバエ科Sarcophagidaeでは,18属,111種が判明している.このうち,3属,3種が追加された.温血動物に外部寄生するシラミバエ科Hypoboscidaeは,7属,22種,クモバエ科Nycteribiidaeは,4属,11種,コウモリバエ科Streblidaeは,2属,4種記録されている.