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細胞内共生による葉緑体の水平伝搬がもたらした藻類の多様性

石田 健一郎(金沢大学理学部生物学科)

 陸上植物や動物,菌類は形態や生活様式などにおいて大きな多様化を遂げて陸上で大繁栄をしてきたが,細胞構造をみるとそれぞれの中ではほぼ一定であることがわかる.例えば陸上植物は基本的に全て,クロロフィルaとbを含む2重の包膜に囲まれた緑色の葉緑体を持つ.一方,真核藻類には現在9つの植物門(緑色植物門,紅色植物門,灰色植物門,クリプト植物門,ハプト植物門,不等毛植物門,渦鞭毛植物門,クロララクニオン植物門,ユーグレナ植物門)が認められている.各植物門の間には形態や体制の他に,色素組成や細胞構造などにも大きな多様性が認められる.例えば,紅色植物は,緑色植物と同様に2重の包膜に囲まれる葉緑体を持つけれども,クロロフィルbを欠きフィコビリン色素を含む.一方で不等毛植物は,2重包膜ではなく4重の膜に囲まれた茶色の葉緑体を持ちクロロフィルbではなくクロロフィルcとフコキサンチンを有する.何故藻類は色素組成や細胞構造のレベルでこれほどまでに多様なのであろうか?近年,それらの多様性が細胞内共生を介した葉緑体の獲得と水平伝搬によって生まれたことが,微細構造学,分子系統学,ゲノム生物学などの進展により明らかとなってきた.

 葉緑体が,無色の原生生物の細胞内にシアノバクテリア様の原核光合成生物が取り込まれること(一次共生)によって誕生したことは,今日では疑いようのない事実である.最近の分子系統解析の結果は,この一次共生による葉緑体の誕生が進化の過程でただ一度だけ起こったことを示している.つまり,全ての葉緑体は単系統であり一つの共生シアノバクテリアから進化したと考えられるのである.しかしながら,藻類の中でこの一次共生によって誕生した最初の真核光合成生物から直接進化したのは,実は,緑色植物,紅色植物,灰色植物の3植物門だけである.

 残る6植物門は,二次共生と呼ばれる過程を経て二次的に葉緑体を獲得したグループである.二次共生とは,無色の原生生物が,一次共生によって誕生した真核光合成生物を細胞内に取り込むことで葉緑体を獲得することであり,結果として一次共生由来の藻類から別の原生生物へ葉緑体が水平伝播することになる.クロララクニオン植物とユーグレナ植物はそれぞれケルコゾアとユーグレノゾアという異なる原生生物の系統群に所属し,異なる緑色植物から独立に葉緑体を獲得したことが示された.クリプト植物,ハプト植物,不等毛植物はいずれも二次共生によって紅色植物から葉緑体を獲得したことが明らかとなったが,それぞれ独立に葉緑体を獲得したのか,3群の共通祖先で一度だけ獲得したのかについてははっきりしていない.最も最近の葉緑体タンパク質の配列を用いた系統解析では3群の単系統性が示唆されており,3群をまとめた分類群として提唱されたクロミスタ界の妥当性を支持する結果となっている.渦鞭毛植物は,アピコンプレクサ類(マラリア原虫など)や繊毛虫類などと共に,アルベオラータという原生生物の一大系統群を構成することが明かとなった.渦鞭毛藻植物のペリディニンを含む葉緑体が紅色植物に由来することもつい最近になって明かにされた.また,完全寄生性の寄生虫の一群として有名なアピコンプレクサ類にも(光合成能を失い退化してはいるが)葉緑体(アピコプラスト)が存在することがわかり,マラリア原虫もかつては藻類だったことが明かとなった.そしてアピコプラストと渦鞭毛藻の葉緑体との類縁関係も議論の的となっている.

 これらの知見は,二次共生による葉緑体の獲得が原生生物の進化の過程で少なくとも3〜4回独立に起こったことを示しており,細胞内共生を介した葉緑体の水平伝播が現在みられる真核光合成生物の多様なグループを形成した最も主要な原動力であったことを物語っている.このことは同時に,藻類の多くのグループは無色の原生生物と近縁であることも意味しており,藻類の系統・進化,さらには分類(?)を語る上で,無色の原生生物をもはや無視することはできない.原生生物においては,独立栄養(植物)と従属栄養(動物)という従来の枠組みを捨て,葉緑体の有無に捕われない新しい枠組みを形成する試みが始まっている.