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無融合生殖種と有性生殖種の出会い:日本に侵入したセイヨウタンポポの場合
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芝 池 博 幸 農業環境技術研究所 無融合生殖では,減数分裂による生殖細胞の形成とそれらの接合による増殖の過程が省略され,産出された子孫はすべて親と遺伝的に同一なクローンとなる.これらのクローンは他のクローンと生殖的に隔離されることから,クローンを単位とした無融合生殖種(agamospecies)が提唱されている.とくにタンポポ属植物では,形態的に容易に識別することのできるクローンを小種(microspecies)として分類することが,ヨーロッパを中心に普及している.一方,同じタンポポ属植物において,「2X-3Xサイクル」のような2倍体の有性生殖種と3倍体の無融合生殖種とが遺伝的に連続する機構も提案されている. セィヨウタンポポは明治初期に日本に持ち込まれ,その後,人里や採草地,都市的環境を中心に日本全国に分布域を広げた帰化植物である.近年,各種分子マーカーを用いた解析により,これまで日本国内においてセイヨウタンポポとして同定されてきた分類群には,日本産タンポポ(2X)とセイヨウタンポポ(3X)との雑種個体が数多く含まれていることが明らかとなった.これら雑種個体の発見は,「2X-3Xサイクル」が機能していることを証明するだけでなく,無融合生殖種の変異性について,興味深い研究材料が身近に存在することを示している. 2001年,第6回「身近な生きもの調査(環境省)」の一環として,全国のセイヨウタンポポが収集され,地域の土地利用との関係において調査された.これらのサンプルについて,雑種個体の識別を行ったところ,形態的にセイヨウタンポポと同定された個体の84.5%(713個体)が雑種個体であり,純粋なセイヨウタンポポはわずか15.5%(131個体)にとどまることが判明した.地域的には,関東,中部地方において雑種個体の出現頻度が極めて高いのに対して,北海道,東北,山陰地方など日本産タンポポ(とくに低地生の2倍体)の分布していない地域において,純粋なセイヨウタンポポの出現頻度が高かった. 雑種個体はいずれも無融合生殖を行うことが確認されたが,倍数性や核型等の特徴により,さらに3グループに大別することができた.これら3グループの形態や分布域にみられる変異性は,両親種から受け継いだゲノムの構成比の点から整理することが可能であった.具体的には,雑種個体の頭花はセイヨウタンポポに酷似しているが,日本産タンポポ由来のゲノムを多く含む雑種個体ほど,日本産タンポポ的な頭花である.同様に,雑種タンポポは全国に広く分布しているものの,日本産タンポポ由来のゲノムを多く含む雑種個体ほど,日本産タンポポの分布域に近い傾向がみられた. 以上のように,セイヨウタンポポの事例には,無融合生殖の機能的多面性がよく現れている.つまり,日本に上陸したセイヨウタンポポは,無融合生殖という生殖的隔離を乗り越えて日本産タンポポと交雑し,交雑から生じた雑種個体は無融合生殖という繁殖戦略により,約百年という短期間に分布域を大幅に拡大した.そして,雑種個体の形態的および生態的特性は,遺伝的組換えを行わない無融合生殖により維持されている可能性が示された.今後,雑種タンポポの遺伝的および生態的特性についてさらに検討を加えることにより,無融合生殖の関係した種分化の過程がより詳細に解明されることが期待される. |
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