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バラスト水によるプランクトンの導入

大 塚 攻

広島大学

Ruben Lopes

University of S?o Paulo

Keun-Hyung Choi

San Francisco State University

 バラスト水,船底付着,水産物の物流による海洋生物の導入は,意図的,非意図的を問わず,人間活動が世界規模で行なわれるようになってから発生した問題である.日本でも欧米原産の貝類,甲殻類等のベントスが1900年代初頭から次々と発見され,社会的問題にまで発展している.いっぽう,プランクトンに関しては,外来種が日本に導入されたという報告は,これまでのところ皆無である.対照的に,アメリカ合衆国オレゴン州,カリフォルニア州やチリでは多くの東アジア産のカイアシ類(甲殻類)がバラスト水によって導入されたと考えられている.これらは1960年代から発見され,導入先で優占種となって生態系の構造を変化させたり,同属の在来種を駆逐してしまったケースもある (Orsi et al. 1983; Hirawaka 1986; Fleminger & Kramer 1988; Bollens et al. 2002).導入には明瞭な方向性があり,東アジアと北東太平洋はそれぞれ最も主要なdonor areaとreceiver areaである (Carlton 1987).この方向性は,東アジアからこれらの地域への貨物船等の寄港が多く,東アジアで汲んだバラスト水の膨大な排水によって生じたと考えられる(Propagule Supply Hypotheses).最近の船の大型化,高速化に伴い,バラスト水による導入は加速化している(Ruiz et al. 2000).生物の進化的背景も定着には関与していると考えている.中新世〜更新世にかけて存在し,汽水をたたえた古東シナ海は汽水性生物の発祥の中心地であった (西村 1981).これら汽水性生物は“東アジア初期固有要素”と呼ばれ,系統的に“若い”発展段階で,進化速度も速く,適応能力も高いことが推察される.この“若さ”が導入先での定着,在来種との競争に打ち勝つなどの要因となっているかもしれない (Orsi & Ohtsuka 1999).

 東南アジアからドイツまでの航海中,バラスト水の動植物プランクトンの密度,種数の経時的変化を観察した例がある (Gollasch et al. 2000).動物の場合,密度,種数はバラスト水をタンクに入れて数日間で激減し,航海終了時には個体,種の生残率はそれぞれ2,17%であった.しかし,あるカイアシ類の密度は逆に増加し,最終的に100倍近い密度に達した場合があった.カイアシ類は耐久卵を産出するものが知られており,成体では生息不可能な環境にも耐えることができる.動物の耐久卵や藻類のシストの存在は定着の原因の一つと思われる.

 定着は導入先の生物学的,非生物学的要因が決定している (Invasion Resistance Hypotheses).最近,外来種が定着する現象を説明する“Enemy Release Hypothesis”という仮説が提唱された(Clay 2003).ある生物が,導入先では寄生虫による個体群増加抑制から解放されるために増加するというものである.この仮説は哺乳類,甲殻類など様々な動物群で実証されつつある (Michell & Power 2003; Torchin et al. 2003).プランクトンにも様々な寄生生物が知られているので (大塚他 2000),この角度からの検証が必要であろう.

 バラスト水による移入種の導入を防ぐために,外洋でのバラスト水の廃棄あるいは交換がIMOのガイドラインとして設定され,カリフォルニア州ではこれが義務化された.この対策が有効であることが実証されつつあるが,完全なものにはなっていない (Choi et al. in preparation).