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分類学を加速する方法はあるか?形態観察に関するいくつかの提案

白 山 義 久

京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所

1.サンプルがないと始まらない

 生物分類学において,なんといっても一番大切なのはサンプルである.サンプルがなければ始まらない.そして,サンプルが適切に処置してあって,分類学の研究に使用可能な状態でなければならない.さらに記載分類のためには,そして包括的な分類の再検討を行うためにも,研究対象の分類群についてサンプルは地球規模でそろっていることが望ましい.まず分類学をスピードアップするためには,このようなよいサンプルのセットをいかにして整えるか? も重要である.海洋の生物多様性研究では,世界規模のプログラムがいくつか走っている.わが国の研究者も積極的に参加することが必要であろう.

2.サンプル処理の効率化

 演者が専門とする海産底生の線形動物では,堆積物を採取してその中から動物を分離する.手作業がもっとも信頼性が高いが時間and/orコストがかかる.さらにサンプル個体を顕微鏡で観察するために,スライドを作る時間も馬鹿にならない.これらのプロセスの一部が自動化されれば,研究の効率は大幅なスピードアップが期待できる.実際ドイツでは,動物分離の作業の機械化の研究が行われている.

3.記載の効率化

ア)観察の効率化

 動物試料の顕微鏡観察を効率化するためには,深い焦点深度が絶対条件である.現在このニーズを満たすためのさまざまな顕微鏡が考案されている.とくに最近の画像情報処理技術の進歩は著しいので,複数の工学的切片像から三次元的な映像を再構築する製品は多数市場に出回っている.しかし,実際に研究に使うためには,いくつか解決されるべき問題点が残っている.

イ)図の作成の効率化

 記載論文では,線画の作成が必須だが,鉛筆画に墨入れをする作業をPCソフトで行うことが広く普及してきている.やり直しがきくので,従来の手作業に比べて圧倒的に短時間に図を仕上げることができる.今後かなり広い範囲で使われるようになるだろう.

ウ)写真の活用

 線画の問題点は,観察者の目が偏りを持っていることである.記載された時点より後になって,あらたに重要な形態形質が明らかになったとき,線画からはその性質状態を読み取ることはできない場合が多い.質の高い写真はその点で将来の学問の展開に対応できる可能性があり,今後の研究に資することができるだろう.

エ)記載文の作成の効率化

 記載を支援するPCソフトDELTAは,形質状態のデータベースであり,同定ツールであり,そして記載文作成支援ツールでもある.最近のバージョンは使いやすくなっており,またいくつかの分類群では詳細なデータベースが出来上がっているので,今後ますます活用の道が広がってくると思われる.

4.プロジェクトの重要性

 演者が専門とするような体サイズが小型の動物では,未記載種の割合が非常に高く,記載論文を効率的に仕上げて分類学をスピードアップすることは,多様性を理解するうえで,きわめて重要である.演者は常々指摘してきたのだが,分類学関連学会は記載論文そのものの作業ばかりでなく,協力してその効率化を目指したプロジェクト研究の立ち上げも視野に入れていく必要があるのではないだろうか.