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形質記載をスピードアップする方法 ─ 原生生物の場合
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堀 口 健 雄 北海道大学大学院理学研究科 いわゆる単細胞生物である原生生物・微細藻類の種多様性研究においても,当然のことながら研究の第一歩は形態の詳細な観察から始まる.しかしながら,その小ささ故に光学顕微鏡レベルの情報量は限られており,従って,これに加えて走査型あるいは透過型電子顕微鏡を用いて,それぞれの種の形質情報を増やそうと研究者は努力する.このような細胞レベルあるいはオルガネラレベルの形態形質に加え,最近では,DNAの塩基配列情報もそれぞれの種の形質として分類や系統推定に広く利用されるようになった. 従来はDNAを抽出したり,電子顕微鏡で観察したりするためには,対象とする生物を単離培養し,十分な細胞数を確保してからおこなうのが普通であった(今でもそのような方法は主流である).培養株を確立し,十分量の研究材料を確保し,それらの系統を維持し続けることは最も好ましい方法であるには違いないが,多くの原生生物は葉緑体をもたず,培養それ自体が必ずしも容易でないこと,あるいは葉緑体をもつ生物であっても,培養が難しい種類も実はかなり多いのが現実である.さらに,1つの培養株を確立するのに1ヶ月あるいはそれ以上かかるのが常である.理想的な方法ではあっても,ひとつひとつに時間がかかるのが難点であり,培養株を確立できる種の数は限られているという問題がある.培養ができるできないに関わらず,分類学的研究を格段にスピードアップできないだろうか? と私たちは考えた. 培養せずとも,培養株を用いた研究に(ほぼ)匹敵する成果を出したいという考えから,私たちの研究室では以下に述べるような方法を用いて,天然サンプル中に存在する個体から直接データを得る方法を工夫して実践してきた.それは少数の個体からでも,光顕データ,走査電顕データ,塩基配列データという異なるデータのセットを素早く得ることができる方法である. 私たちが遺伝子解析に用いるのは,いわゆる単細胞PCRという方法である.天然サンプル中から顕微鏡下で目的の細胞を釣り出し,それをそのままPCR反応液に入れて特定のDNA領域を増幅する.単細胞PCR法そのものは新しい方法ではないが,私たちの研究室ではそれぞれの生物群に合った方法を工夫して成果を挙げている.ただしこの方法の弱点は,細胞を丸ごと使ってしまうので証拠標本を残せないという点にある.この弱点を多少なりともカバーするために,高倍率で観察し,高画質の光顕写真を撮影してこれを証拠標本の代用とすることとした.写真撮影後,細胞を取り出してPCR反応液に入れて遺伝子増幅する.従ってわずか1細胞から,光顕写真(&スケッチ)とDNA塩基配列の異なるデータが得られる.普通は,データの正確性を期すために,同じ種の2個体以上でそれぞれPCRを行い結果の検証をおこなう.さらにもう1個体あればポリ・リジン法により細胞をガラスに固定し,走査電顕の試料とすることができる.つまり採集したサンプル中に数個体あれば,そこから光顕データ,DNAシークエンスデータ,走査電顕写真のセットが最低2日もあれば得られるのある.私たちは主に渦鞭毛藻類という仲間を扱っているが,この方法により,今まで培養が難しいと言われてきたグループの分類学的研究をスピードアップすることに成功した. 本講演では,単細胞PCRと形態観察を組み合わせた研究例として,渦鞭毛藻類の中でも培養が難しい種が多い,淡水産渦鞭毛藻類と海産従属栄養性渦鞭毛藻類の研究成果を紹介したい. |
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