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分類学研究者を増やす方策
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松 井 正 文 京都大学大学院人間・環境学研究科 分類学研究者を増やさねばならない理由は何か.その一つは,現在,とにかく研究者が少ないから増やすというものだろう.そして,もう一つは,生物多様性の解明が叫ばれるなかで,どんな分類群でも同定ができるように,研究者のいない,もしくは極めて少ない分類群について研究者を増やす必要があるというものだろう.分類学研究者を増やす方策は,この二つでかなり異なる.第一の場合は,分類学研究者が自発的に増えるような環境をつくらねばならない.それには,分類学は面白い,というようなアピールをすることが重要だろうが,その前に,まず分類学研究者の増えない理由を考えねばなるまい.それは究極的には現在の社会情勢にあると思うが,その具体例として,記載分類に対する低い評価がある.この誤解に対して,記載分類論文そのものに大きな価値のあることを社会に認知させねばならない.記載だけに終わる論文であっても,それが他の分野で有効に活用されるのだから,その重要性を認めさせねばならないのだ.記載論文に高い評価を得させるためには,たとえば,生物学に関連するすべての学問分野の論文で,少なくとも最初に出てくる種名の後ろに命名者名をつけ,原記載論文を引用してもらうことが考えられる.そのためには,他分野の研究者にとって間違いなく面倒なこの作業が容易になるように,種名,命名者名,引用できる形の原記載文献書式をセットにしたリストを用意して,ネット上ですぐ引けるような体制をたてておくべきで,我々はこうした作業を行うための組織を立ち上げる必要がある.一方,分類学研究に多少とも興味をもった者が実際に研究をしようとしても,比較標本,研究用具などの便宜がなければ,専門的な作業は何もできない.そうした便宜は公的機関に頼るしかないから,既存の機関の公開を促すような働きかけが必要だ.さらに重要なのは文献である.文献なしには同定はできない.しかし,個々の記載論文が重要としても,それらすべてに当たるのは大変だから,モノグラフが必要となる.しかし,詳細なモノグラフは解読が大変だし,その分野の専門家には常識でも初心者には難解な用語がある一方で,初心者に必要な図のないことが多い.そこで,モノグラフの解説版,つまり絵解き検索の類が必要になる.これはネット情報を用いることで実現可能だろう.バーチャルで検索表,研究法,何が未知かなどを分かりやすく公開することが重要だ.最も重要な問題は,うまく分類学研究者を育てることができたとしても,現時点では,就職先のないことだ.この問題を解決するためには,博物館に本来の機能を持たせて狭義の分類学者を配置するとか,生物学の基礎(と同時に最終目標)が分類学なら,基礎生物学研究所あたりに分類(ないし多様性)部門を設置してもらうとか,環境省の生物多様性センターあたりに,人員をつけてもらうというのが本筋だろう.しかし,それができるまでは,せめてここに提案したような環境を作って,アマチュアないし,セミプロ分類学研究者を増やすしかない.第二の場合は,分類学研究者を強制的に増やす必要がある.そもそも,現実を直視すれば,すべての生物種を枚挙してしまおうなどという考えは,理想ではあるが,かなり無責任なものだ.しかし,生物多様性の保全とからんで,「どんな分類群でも同定ができるような体制」が,社会的に要請されるならば,分類学研究者を強制的に増やすしかない.しかも,それが多様性の消失にからむ,急を要する問題であれば,要請する側にそれなりの負担が必要なはずだ.まず,多様性国家戦略に則った,省庁を超えた緊急対策委員会のような組織を設置してもらおう.そして,問題となっている分類群に一番近縁の分類群の研究者にそれなりの待遇を与え,特別試験によって選別された院生を教育してもらう.修士過程で分類学のいろは的基礎的情報を叩き込み,博士過程では,もし国内に専門家がいなければ海外の該当研究者のもとで研究させる.課程終了後は,分類専門機関への勤務を義務付け,同定記載を専務とさせる.当然,そのための受け皿となる機関の設置が必要だ.それに先立って,我々のすべきことは,研究者の不足分野は何かを明らかにすることだが,これが以外とはっきりしない.最近,分類群ごとの種多様性の解明度調査がなされたが,これに関連して,どの分類群の研究者が欠除ないし,不足しているかを早急に分析し,結果を公開しなければなるまい.やって見ようという奇特な人材が現れるかも知れない.いずれにせよ,現実はそう簡単にはいかないから,結局,分類学研究者を増やす特効薬的な方策はほとんどない.むしろ,いまは,分類学研究者を増やす方策どころか,絶やさない方策のほうが重要だ.そのためには,もっと長期的な観点が必要だろう.具体的には,たとえば,夏休みの宿題に昆虫採集や植物採集を復活させるとか,チョコエッグのような模型を利用してでも,収集・分類の作業を実践させることだ.子供達に似て非なる物を集めさせ,並べて比べることの楽しみを覚えさせることが,遠回りでも潜在的分類学研究者誕生につながるのではないか. |
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